Archive for 9月, 2008

ニュースレター9月号より

木曜日, 9月 4th, 2008

【ちょいと立ち話】
数年まえの生活相談の日にある入居者の方から「高齢者福祉に関して君の考え方を聞きたい」とおっしゃっていただいたことがあります。「私も含めた職員一同と入居者の皆様が共に支えあい、『共に生きる』という姿が理想です」とおこたえしました。私が高齢者福祉の考え方を語る上で、避けて通れない自身の体験があります。すこしだけ触れさせていただきます。
私ごとですが、2001年に父を亡くしました。父は、認知症になっており多動でしたが、肺がんのターミナルを自宅で看取りました。動き回るので、病院に入院できなかったという事情もあります。自宅に戻っても肺に酸素を送るカニューラを勝手に外してしまいます。また、多動性でずっと歩き回っていますので、カニューラの管が絡まって酸素が止まってしまうこともあります。当時の父は十秒でも家族の姿が見えないと「おーい」と叫び、姿を見せると「どこへ行っていた!」と叱責する状態でした。睡眠時間も極端に短く、24時間のうち、一瞬たりとも目を放すことができない状況でした。
当時の私は、夜10時ころ会社から帰宅して、日中付き添っていた母を寝かせて、夜間父が家の中を徘徊するのに付き添う日が何日か続きました。その頃の私は、出勤のための起床時間が6時で、自宅に居る夜10時から朝6時までの間で1時間でも眠ることができたら幸運とする日々でした。父、私、母、家内、中学生の娘二人という、介護力がある程度高いとされる家族構成ですが、介護者(家族)の限界を簡単に超えてしまう日々が続き、ほんの数か月でみんなヘトヘトになっていました。世の中には「家族介護が理想」というご意見も有りますが、私は「家族介護」では敬愛する父の尊厳を保つことは難しく「介護は役割分担した専門家に任せるほうが本人も幸せだ」と考えるようになりました。
また、父と過ごしていて、認知症の症状は、ある面では優れた能力であると思うようになりました。会話を通じて人間としての喜怒哀楽がありますので、記憶が保たれないことを悲観的にとらえるとネガティブになりがちですが、接し方を工夫することで「生きていること」をポジティブにとらえるようになりました。末期がんという死の恐怖を感じずに会話ができたのも、父が認知症であったおかげでした。
2001年、年末のある日の午前3時頃、立ち上がって動こうとする父をなだめ、私は父の手を握ったまま、父と一緒に眠りました。翌朝5時、手をつないで眠っていた父の呼吸は止まっていました。握った手はまだやわらかく、温かかったのですが、父はそのまま二度と呼吸をすることはありませんでした。予想外の形で父が他界した現実を眼前にし、心に風穴があいたようにすこし呆然としていました。不謹慎かもしれませんが「開放されてほっとした」という気持ちもすこしありました。親を思う気持ち、育ててもらった感謝の気持などの問題ではなく、家族の誰が先に倒れるか、まさにサバイバルでした。このまま続けて、誰が生き残るのか、誰が幸せなのか、きれいごとでは済まない現実が「家族介護」でした。もしこのサバイバルで父だけが生き残ったらどうなるのだろう。最悪のケースにいたった場合は、家族同士が支えあうことも、共に生きることもできない未来を迎えていたかもしれません。
「職員一同と入居者の皆様が共に支えあい、『共に生きる』という姿が理想」という考え方はいわゆる美辞麗句ではなく、自身のこれまでの体験の中で考え抜いた末のこたえで、これからも実践していきたいと願っています。若干、重い話題になりましたので、次回は軽い話題にさせていただきます。末筆ながら、入居者のみなさんの投稿もお待ちしております。次回もよろしくお願い申し上げます。

2008.09 佐野克之

※サン・オークス倉敷 ニュースレター9月号より抜粋

サン・オークス倉敷の福祉車両が1台増えました。

火曜日, 9月 2nd, 2008

今までの車両に加え、ストレッチャーを収納できる送迎車を導入。これでサン・オークス倉敷の福祉車両は計3台になり、車イスでの移動が困難な場合でも、送迎が可能となりました。SANY00941.jpg